15年ほど前に買ったラルフローレンのハーフブーツ。
ブーツといってもおしゃれに履くというより、山歩き用、といったタフなやつだ。
私は女である割に、買い物を好まず、身の回りに物を増やす事を極端に嫌うたちだから、物持ちの良いように何かを買うときは「一生物」のつもりで買うことにしている。
だからそのブーツも「カジュアルなブーツの一生物」と思って買った物だから、それなりの支払いをした記憶がある。
カジュアルなブーツを履く機会は一年に一度か二度くらいのもだから、激しい傷みもなく私の手元にずっとあるのだが、昨年の冬の初めに長男が
「ママのブーツが欲しい」と言い出した。
彼と私の足のサイズはいま丁度おなしだから、好みが合うなら合点承知、と快くそれを息子に譲り渡した。
欲しいと言っただけあって、彼は重量も見た目も相当のブーツを毎日履いて過ごしていたのだけど、昨日とうとうファスナーの縫い目が裂けてしまった。
ちょっと横道にそれるけれど、そのファスナーは「YKK」のもの。
いわゆるブランド物、という品物を買ったときにファスナーが「YKK」だと嬉しくなるのは私だけだろうか。
ソニーもトヨタも立派な世界に誇る日本の名品だけど、YKKも随分立派な誇るべき日本の名品だ。
世界のファスナー(ジッパー)をYKKに! と、いうのが私のささやかな夢なのだけれども。
まぁ、その話しはまたの機会に。
でも息子はそのブーツをまだ履きたいという。
せめて今年の冬は履通したい。
防寒の難しくなってしまったブーツを抱いて息子は言う。
その横では「長男の払い下げはいつも僕」。という身の上を当然のように受け止めている次男が不安そうな面持ちで立っている。
フランスは何に置いても「物を捨てない」という発想を頑固に持っている国だから、こういう時には大変便利な受け皿が街角のあちこちに調っている。
靴の不具合は「靴修理」。衣類の不具合は「衣類修理」。住まいの不具合は「住設修理」。
と、言った具合に。
日本もそういう発想で機能している国だから、そういう修理屋さんはごまんといる。
でも消費者の意識が薄いから、おのずと修理産業は「高額」の一途をたどることになっている。
嘆かわしくも残念なことである。
YKKと同じく世界に誇れる価値観であるのに。
そこで私は修繕が必要となったブーツをもって修理屋さんの暖簾をくぐる。
タフなブーツを仔細に観察しながら修理歴28年(このへんの情報はテキトーなので読み飛ばして下さい)のムッシューは老眼鏡越しに私に言う。
「とても丁寧な仕事で作られているブーツだから、修理もそれなりに値が張るけど、いいかい?」
生唾を一つの飲み込んで頷く私にムッシューは続ける。
「でもね、マダム。このブーツはなおしなおし使い続けたら孫の代まで履くに耐えるよ」
そうか。
と納得した私の表情を察してムッシューが言う。
「仕上がりは二日後。料金は30ユーロ。これでどうだい?」
なるほど。
今現在ソルドまっただなかのパリだけど、30ユーロではこのブーツに相当するモノは買えないし、どんな粗悪品だって30ユーロじゃ難しい。
さがせば30ユーロ以下のブーツはあるかも知れないけれど、東京と同じように、地代の高い場所では最安値もたかがしれたものなのだ。
東京の中でも地代の半端でない地域で育った私だから、パリの6区という並外れて特殊な場所の地代を素直に了承することができる。
と、いうわけで、そのブーツは30ユーロを支払って無事元の姿に戻る保障がされたわけである。
もう一度「30ユーロ?」というのを聞き返してしまったら、この修理はお開きだ、という緊張が漂う。
だから頭の中で素早く諸々を計算する。
なかでも一番大事なのが、「修理を受けおってくれる技術への支払い」だ。
そこを怠ると目先の欲に目がくらんで取り返しのつかぬ失敗をする。
ブーツの価値とむすこ達の気持ちと、YKKのファスナーと、ムッシューの技術への信頼を計算すれば30ユーロは決して法外な値段じゃない。
「お願いします」と頭を下げて外に出れば
むすこ達の期待に応えられた嬉しさと、物を無駄にせずに済んだ30ユーロに、大満足の今日である。
bonjour! comment ca va?
二人の息子と一匹の雄猫と共にパリ6区に住んでいる私が、優雅とはほど遠い我が家のドタバタを綴っています。雑誌では絶対に紹介されない普段使いのパリ生活をどうぞ御笑読下さいませ♪
2 月 2nd, 2010 at 16:45:42
うーん。
僕の皮製のボストンバックのファスナー替えたときも6000円だったよ。
付いていたのよりも小さかったのでもう鍵はかけれなくなったよ。
2 月 3rd, 2010 at 18:39:40
sakaeさま
物を無駄にしない、粗末にしない。
そういう姿勢はとても大事だと思います。
ボストン修理してsakaeさんエライ!