月曜日の午前10時のこと。八百屋のソキャンから電話があって、
「今から出てこれる?」
「え?どこに?なにしに?」と、聞き返すも、彼の後ろの騒音と、
早口のフランス語がぐちゃぐちゃで、よく聞き取れず。
「ごめん!まったくわからないからショートメール送って!」
受信したメールによると、10区にある地下鉄の駅構内で待っている、
とのこと。
なんだかわからないけれど、待っている、というものをそのまま
放って置くわけにも行くまい。
と、妙な責任感にかられながら不安な気持ちのまま現地へ向かう。
最初は「ややっ!デートに誘われたか?!」
なんて嬉しかったけれど、地下鉄に乗って駅を一つ一つすぎてゆくうちに
徐々に不安の方が大きくなる。
もしや人気のない場所に呼び出されて強盗殺人などという
物騒な事件に巻き込まれたらどうしよう、だとか、実際ここで自分が
殺されてしまったら、息子達はどうなるんだろう、とか、
よからぬ想像ばかりが頭をよぎる。
いくら顔見知りのソキャンとはいえ、いささかこの対応は軽率すぎた。
そう反省し始めると、地下鉄は指定の駅へ到着し、私はホームに降り立った。
「○○!」呼びかけられて初めて気が付くソキャンはただの小僧である。
いつもの八百屋さんでのエプロン姿ではなく、ナイキのジャケットに
だぶだぶジーンズ、なにやら大袈裟なヘッドフォンをつけてニコニコ手を振る。
「まあ!ソキャン!これがプライベートな貴方なのね!ボンジュール!」
と、ビズの挨拶をすると「そうだよ、今日はエプロン無しだよ」
でも顔立ちはいつも通りの人畜無害満面笑顔。
「で、貴方は私をこんなところに呼び出してどこへ行くつもり?」
と、きけば「楽しいところだよ!」と嬉しそうに先を行く。
地上に出ると、そこは私の知るパリではなく、少々治安の悪さを感じないわけには
いかない雰囲気の大通り。
さっきの呼び出しの電話はここからかけたのかな?
私の心配をよそにずんずん歩くソキャンに付いていくと、どうやらそこは
「ゲームソフト」を扱うお店がたちならぶ、なんといったらいいのか、
秋葉原のような場所なのかな? 上手く表現できないけれど。
日本語のパッケージそのままに売られているフィギアやDVD、中古のものも
沢山並び、店頭のテレビではフランス語字幕のついた「北斗の拳」が放映中。
一件の店内へ入ると「ちょっと待ってて」とカウンターの方へ向かうソキャン。
手持ちぶさたながらも、「日本語だ~」「これがMANGA(もんが)文化なのね」
と、感心しつつ店内を物色。
ゲーム機もありとあらゆる物が並んでいるけれど、どれも日本語の取説付きなのを
みると、これらはいったいどういう経路でここに流れ着いたのか、と、
その流通の不思議に目を見張る。
あまりに熱心にショーケースの中を眺める私に嬉しくなったらしいソキャン。
「ね、絶対に○○はこのお店が気に入ると思ったんだ!連れてきて良かった!」
と、私の後ろで大喜び。
え? 別に喜んでないけど。
と、後ろを振り返れば、「良かった喜んでもらえて!」とまたしても笑顔のソキャン。
まさか、月曜日の午前中、わざわざ私をここまで呼びつけて、
この店へ連れて来たがったの?
当初私が期待したデートとはずいぶん趣きのことなる外出である。
怪訝に思う私に気が付いているのかいないのか
「このへんの店の中ではここが一番品揃えが豊富なんだよ!日本製品のね!」
日本食材の店なら嬉しいけど、中古ゲームソフトはハードをみせてもらっても、ねえ。
一応マダムだし、ママンだし、大人だし、あんまり嬉しくないかも。
「おまえはもう死んでいる」ってしってる?
なんて無邪気に聞かれてもねえ、ま、しってるけどさ。だから何よ、って。
そっから話は広がらないわよねえ。
で、僕は今からこのソフトを友達の家へ届けるんだ。○○も行こうよ!
なんて言われても。
一応、アタシ、こう見えてもいろいろ忙しい身なので、小僧達のゲームプレイに
付き合うような時間はありませんし、仮にそう言う時間があったとしても、
そんな場所に同行したくありません。
「どうもありがとう。でも午後から授業があるから、今日はコレで」
と、ビズをしてさよならをしてきました。
また今度ソフト見に行こうね!今度はもう少し時間を取るよ!
たった1時間の逢い引きだったことを気にしてか、別れ際にそう言ったソキャン。
いや、でもいいや、それは。気持ちだけで充分。
日本人の私を喜ばせてくれようとした彼の気持ちだけで充分です。
ただ彼の親切が、私の年齢に添わなかっただけで(苦笑)
でもソキャンはとても良い子ですね。
自分の働く店に買い物に来るマダムを、「友達だからいっしょに遊ぼう!」と
誘ってくれるのですもの。
それが例え中古ゲームソフト屋を覗くだけだって、東京だったらこんなことあり得ません。
素直なんだなあ。こんな男の子に育ってくれると良いなあ、我が息子たち。
いやしかし、22歳で月曜日の午前中から中古ゲームソフト屋で買い物する
というのではちと困るような気もするけれど。
うーむ。
東京の22歳って、どんなふうなのかな?
そんなことを考えながら帰途に就いた月曜正午でした。
bonjour! comment ca va?
二人の息子と一匹の雄猫と共にパリ6区に住んでいる私が、母子我が家のドタバタ振りを日常の視点で綴っています。雑誌では絶対に紹介されない普段使いのパリ生活をどうぞ御笑読下さいませ♪