お買い物同行と語学力

お買い物に同行して下さい。

という依頼の中でもっとも多いのが「マルシェ」への同行である。

マルシェというのは毎週末、あるいは週に何回か広場や少し広い道路脇に立つ「朝市場」のこと。

地方から朝穫りの野菜や、魚が運ばれてくるのだからパリジャンにとっては生活必需店である。

私もだいたいマルシェで野菜を買うのが日常だから、「マルシェ」に付き合って下さい。と言われても、

「あ、ちょうどよかった。私も明日の朝はマルシェへ行こうと思っていたの」などと、ご近所同士のような返答をしてしまいそうになる。

最近はそんなことないけれど、言われてみれば渡仏当時はこのマルシェでの買い物がひどいストレスであった。

東京のスーパーマーケットで、キレイにパッケージされた宝石のような野菜を籠に入れて、レジへ持って行けば買い物は滞り無く済むのだけれど、ここパリのマルシェではそうはいかない。

何をどれくらいどんな料理に必要なのかを伝えなくては買えないのだ。

ハム(ジャンボン)玉子もチーズも野菜もすべて量り売りだし、じゃがいもなんて見たことのないほどたくさんの種類がある。

もちろん売り手は商売だから、商品の説明はプロフェッショナルで、迷ってるお客が居れば当然のように声をかけて助け船を出す。

フランス語がまだ怪しかったころ(まだ充分に怪しいのだけど)は、その説明が苦痛で苦痛で仕方が無かった。

でもまぁ住んでいれば買い物なんて日常のことで、いちいちはにかんだり、億劫がったりすることもなくなって、いまじゃしっかり

「あ、それじゃない、その隣りの形が崩れてないほうを頂戴。なにしろこれは今夜の招待客へ出すんですからね」

なんてことをパテ屋のおやじさんに注文したりするマダムぶりだ。

生活によってたたき上げられる語学力の良い見本である。

生活に密接している言葉からどんどん身について行くのが語学だから、逆を言えば「生活に密着していない言葉」というのはいつまでたっても上達はしない。

では私の場合、どういう状況の会話が上達しないか?

それは「高級ブティックでのお買い物」である。

お客様のリクエストで有名ランド店へ足を運ぶことも少なくないし、過去に二回だけヴァンドーム広場にある超高級宝飾店でのお買い物に同行させてもらったこともある。

しかしこれはつねに自分の財布を取り出す場面じゃないから、不思議と会話力は上達しない。

お客様のご要望を伝える。売り手の説明を伝える。双方の駆け引きが上手くいくように、それとなく軽い意訳をはさんだりもする。

でもいつの日も、そういう時の会話とか手応えは、あっという間に身体の中から流れ出てしまう。

けっして経験として留まらない。

おもしろいなあ。と思う。

ひょっとすると私は八百屋やパテ屋の親爺や、乾物屋のマダムから、食べ物を買うような顔をして

語学のレッスン実地編をしっかり買い求めているのかも知れない。