奇跡のメダイとはいったいなんなのでしょうか? 

奇跡メダイをご購入いただく前に、ぜひそのメダイの由来と意味をお知りになってください。

少し長いですが頑張って読んで下さいね♪

以下、不思議のメダイ教会パンフレットからの翻訳です。

▼メダイの由来

1830年7月18日から19日にかけての夜、聖母は当時聖ヴィンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会の修練女、

カタリナ・ラブレにお現れになりました。 

夜半の11時半、カタリナは、三度続けて自分の名を呼ぶ声に目をさましました。 

声のする方を見ると、一人の幼い子どもが立っていました。 
白い衣をまとい、金髪で全身から光を発し、周囲を照らしているではありませんか。

 子どもは 「いらっしゃい、聖堂にいらっしゃい。 聖母マリアが待っていらっしゃいます」と云いました。
カタリナは他の姉妹達が目を覚まさないかと内心考えましたが、子どもはそれに答える様に

「恐れることはありません。 今は皆、眠っています。 さあ、いっしょにまいりましょう」と云いました。     
カタリナは急いで用意し、子どもの後について行きました。 

驚いたことにいたるところに灯が輝いていました。
さらに驚いたことには、聖堂の扉は子どもが軽く指で触れるだけで開きました。 
聖堂内も明るく、カタリナの言葉をかりて云えば、夜半のミサを思わせるほどでした。 
カタリナは祭壇の近くまで進み、ひざまづいて祈りました。 

しばらくすると子どもは告げました。 
「聖母がおいでになりました。あそこに」  

その時、祭壇の右手の方に衣づれのような軽い音がはっきりと聞こえ、非常に美しい婦人が祭壇の前においでになり、椅子に腰をかけられました。 
カタリナはその方の足もとに進み、膝の上に両手を合わせてのせました。
「一生涯でこれほど甘美な気持ちを味わったことはありません。 
どのくらいおそばにいたかはわかりませんが、ただ知っていることは、ずいぶん長い間お話をなさってから影のように見えなくなったことです。 

子どもはもとのところにいて『聖母はもうお帰りになりました』 と云い、また案内されて寝室に戻りました。 

この子どもは自分の守護の天使であったに違いありません。 
ベッドに戻ると時計が午前2時を打つのを聞きました。 

それから私は少しも眠ることができませんでした」 とカタリナは云っています。
その夜、聖母はいくつかの事についてお告げになりましたが、特に、聖ひつの方を指さして 

「この祭壇のもとにいらっしゃい。ここで多くの恵みが与えられます」とおっしゃいました。 


いつの時代にも大切な聖体に深い信仰をもって祈る人々に多くの恵みが与えられています。
11月27日の夕方黙想の間に、カタリナは再び聖母のご出現を受けました。 

同じ聖堂で地球の上に立った姿の聖母は、それより小さい地球を胸の高さに両手で持って祈りつつ、

それを主にお捧げになっているように見えました。 
やがて聖母が両手をひろげて降ろされると、その御手から輝く光線が放たれ、

聖母はカタリナに「これは私に願う人々にそそがれる恵みのしるしです」とおっしゃいました。 

これは有力な恵みの取り次ぎ者であるマリアのお姿です。 

そして聖母の周囲に楕円形のしるしが示され 

「無原罪の聖マリア、あなたにより頼むわたしたちのために祈ってください」

という祈りがまわりに見えました。 

それはメダイの表に見られるお姿でした。 

この聖母は 「このモデルにしたがって、一つのメダイを作らせなさい。
信頼をもってそれを身につける人は大きな恵みを受けるでしょう」 とおっしゃいました。 
急にメダイが裏返ったかのように見えると、下部に横木のついた十字架をのせたMという文字が見えました。

 
また、Mの下に二つの心臓が見え、ひとつは茨に囲まれたイエスの御心、もうひとつは剣で貫かれたマリアの御心が見えました。
ご出現があって二年目にパリ大司教の認可のもとにつくられたメダイは、世界中に驚くべき勢いで伝わり、数知れぬ恵み、特に回心の恵みのもととなり、人々は「ふしぎのメダイ」と呼ぶようになりました。

※聖カタリナ・ラブレ
カタリナ・ラブレは1806年5月2日にフランスのファンの農家に生まれ、9歳の時、母を失い、12歳の時から家事に励みました。 
1830年4月にパリの聖ヴィンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会に入会。 
同年に聖母のご出現を受け、翌年から45年間リュイのホスピスで老人の世話をしながら謙遜にその生涯を送りました。

1876年12月31日に天に召され、その遭骸は彼女の愛したリュイの聖堂の地下に埋葬され、56年後、教会の調査のために発掘されましたが、全く腐敗を免れていました。 

今もパリの 「ふしぎのメダイの聖堂」で知られている愛徳姉妹会本部の聖堂に安置されています。
1947年、教皇ピオ12世によって列聖されました。

※聖ヴィンセンシオ・ア・パウロの愛徳姉妹会
17世紀にパリに聖ヴィンセンシオ・ア・パウロが貧しい病人の世話のために聖ルイズ・ド・マリヤックと共に創立。  

【 メダイの表面 】

■無原罪の聖マリア、あなたにより頼む わたしたちのために祈ってください

と聖母が唱えるよう勧めておられる祈りが、マリアのお姿のまわりに刻まれています。

■マリアは地球の上に立っておられます。その手から出る光線は、恵みを願う人々にマリアが注いで下さる恵みを表しています。マリアは悪のシンボルである蛇を踏み砕いています。

■頭に12の星の冠を戴いたマリアは、12使徒の上に立てられた教会の母であり、わたしたちの母です。

【 メダイの裏面 】

■十字架、そしてMと愛のシンボルであるイエスとマリアはの心臓。
■茨の冠のイエスの心臓と槍で貫かれたマリアの心臓。マリアは苦しみのイエスと一つに結ばれています。
■今、天国で主の栄光に与っておられるマリアは、地上を旅する私達のためにとりなしてくださっています。
■12の星は使徒の上に立てられた教会を表しています。

ふしぎのメダイをとってあなたの身につけてください

 ふしぎのメダイは、1830年のパリ、バック通りの聖堂での聖母マリアの御出現に起因します。

1830年11月27日、土曜日、無原罪のおとめは愛徳姉妹会の聖カタリナ・ラブレに御出現になり、メダイを作らせる使命をお話しになり、そのモデルをお示しになりました。
 聖母は、このモデルに従って、1つのメダイを作らせなさい。 
信頼をもってそれを身につける人、特に首からかける人は大きな恵みを受けるでしょうとおっしゃいました。

メダイは直ちに驚くべき普及を見ました。 
数えきれぬ回心の恵、守護と病気の治癒が得られました。 

それらのめずらしい事を見て、パリの大司教モンセニョール・ケレンはバック通りのメダイのおこりと結果についての公式調査を命じました。
評決は次の通りです。
このメダイのひろめられるのの驚くべき早さとその数、信頼する人々が受けた多くのふしぎな恵みは、御出現とそれを受けた聖女の言葉の真実性とメダイの普及を神が確認させる為にお与えになったしるしと思われました。

1846年にローマでユダヤ人アルフオンス・ラテイスボンヌのすばらしい回心の後、教皇グレゴリ16世はその権限をもってパリ大司教の評決を確認しました。
ですから、もし聖母を愛するならば、そしてその有力な取り次ぎに信頼するならば、 
★神の恵みのうちに生き、無原罪のおとめのマリアの御保護を受ける為に、常にメダイを身につけて下さい。
★私たちが祈るように聖母がお望みになったメ原罪なくしてやどり給いし聖マリア御身により頼み奉るわれらの為に祈り給えモという祈りを毎日唱えて下さい。
★あなたの周囲にメダイをひろめて下さい。特に病人と苦しむ人々に上げて下さい。

 ルルドとふしぎのメダイ

☆ふしぎのメダイは世界中に知られています。 
けれどもパリ、バック通りの聖堂での御出現が、ルルドの出来事を準備した事が忘れられています。 

洞窟の婦人はふしぎのメダイに示されている通りの姿で私に現れました、とふしぎのメダイをつけていた聖ベレナデッタは云っています。
☆メダイにしるされた原罪なくしてやどり給いし聖マリア、御身により頼み奉る我らの為に祈り給え

という祈りはふしぎのメダイによってどこにでもひろめられ、1854年にピオ九世教皇が無原罪の御宿りの教義の宣言を決定されるに至るほど信仰の大きな運動を起こしました。 

それから4年後に、ルルドのマサビエルでの御出現が予期せぬ方法で、ローマのこの教義宣言を確認したのです。

☆この教義宣言百年祭の1954年に教皇座は記念のメダイを作らせました。そのメダイの裏にふしぎのメダイとルルドの洞窟がえがかれ、無原罪の御宿りの教義と聖母の二つの御出現の親しい結びつきを示しました。

☆ルルドがつきない恵みの泉であるように、ふしぎのメダイは常に罪人とこの世の不幸な人々のための、
聖母の絶えないいつくしみの道具です。
☆メダイを黙想するキリスト者は、救いの中のマリアの摂理的役割についての教会の教え、

特に普遍的代表者のしるしを見出すでしょう。

奇蹟のメダイご注文ページへ
ネット上で氾濫するほど扱われている奇蹟のメダイですが、私が取り扱う物は奇蹟のメダイで購入したメダイを、メダイの持ち主のお名前を伺い、その後にメダイ教会内で週2回行われる「祝別のミサ」に授けてさせていただきます。
メダイに個人名を与えることでその秘蹟を強めるわけです。

私はもちろんカトリック信者ですし、この教会を教区とする近所住民ですからこの教会には大変強い御縁があります。
この祝別の御ミサも、そういうわけで神父さまと修道女たちに説明をし、カトリック信者としての「ミッション」という位置づけを頂いています。

ですから、ここに提示してある金額はメダイの定価と送料、そして祝別の御ミサためのお布施が込みになっています。
少し露骨な表現になりますが、私の利ざや、というものは含まれていません。

これは奇蹟のメダイ教会のすぐ隣りのアパートに住む幸運を与えてくれた神様への恩返しであると私は考えています。

ミーハー的に日本でメダイが大流行していても、それに眉をひそめるようなことはしたくありません。
これをきっかけに、神様やマリア様に出会える人が増えて下さればそれは素晴らしいことです。
少し熱く語ってしまいましたが(笑)私の取り扱うメダイは正真正銘の本物です。どうぞご安心下さい♪
↑御御堂向かって左側の聖ヴァンセンシオ・ア・パウロ像